メモ帳
創作バンド中心に、作品未満のネタ置き場。落書きだったり文だったり。
21g小話:ちいさな箱庭のなかで
http://shindanmaker.com/122300で出たお題。
山本さん宅の一番上と、佐藤さん宅の一番下。
ついでに言えば佐藤さん宅の上二人はバンギャです。
幼馴染の特権の話。
山本さん宅の一番上と、佐藤さん宅の一番下。
ついでに言えば佐藤さん宅の上二人はバンギャです。
幼馴染の特権の話。
冬には白く染まる箱庭の中で、その音が始まった瞬間を、今でもまだ覚えている。
<ちいさな箱庭のなかで>
「それ、」
代名詞だけを呟いた音は小さくて、聞こえたのは本当に偶然。
振り返れば、先程まで寝ていた幼馴染が体を起こすところだった。肩を統べる薄い毛布には頓着せず、玲一を見遣る。
「悪ぃ、起こした?」
問えば、首が横に振られた。
焦点の合わない目で辺りを見回した、それだけで、彼女が何を探しているのかが分かる。
分かる程度には長くなった付き合いに、玲一は小さく苦笑した。
「伶なら家。さっき行ったばかりだから、も少ししたら帰ってくるべ」
何度か瞬きを繰り返し、幼馴染の視線は彼の手元に落ちる。
追ったその先には、先程まで弄っていた四弦の楽器。
「これ? ベース。見たことない?」
「……べー、す」
「そ。凛が弾くならくれるつーから、練習中」
「……凛ちゃん、楽器」
「やる……つーか、やってた? かな。ビジュアル系好きだべ、アイツ」
帰ってくるのは言葉ではなく、微かな首の動き。
それを目で追って、玲一は四弦を爪弾く。響く、E。
ドレミではなくCDEで表される音階にも、ようやく慣れてきた所だった。
「なんか好きなバンドの人? に憧れてベース買ったはいいけど、来年就職だっきゃアレ。だはんで、貰った」
「……れーち、弾けるの」
「……まだ練習中」
上手く弾けないことを誤魔化すように頭を叩けば、壊れかけた人形の様に揺れる首。
ぱちぱちと瞬いた目が、一番上の弦に落ちる。先程玲一がしたように、細い指が弾いた四弦。
撓んだ音に聞き覚えがあり、玲一は苦く笑った。
「怜、弾いてみる?」
「ぇ……」
「ピアニカ弾けるべ? ここがドな」
四弦三フレットを押さえ、弦を弾く。次いで、五フレット。
三弦に移りニフレット、三フレット、五フレット。
四弦のニフレット、四フレット、五フレット。
一度も躓くことなく奏でられたことに、玲一は内心溜息を吐く。それに被さる、小さな拍手の音。
大したことではないという反感と、むず痒いような感覚。
その両方が顔に出ないように、唇の端を吊り上げる。
「つー訳で弾いてみろって。ここば指で弾くんだって」
大きなボディと長いネックは、幼馴染が持つと余計に存在感を増して見えた。
細い指がフレットを押さえ、弦を弾く。
――響くのは、やはり撓んだ音。
きちんと押さえられていないのだと、耳に胼胝が出来る程に一番上の姉が繰り返した言葉。
指立てれば、と言おうとして、その左手が震えているのに気付く。
冬服になった紺色の制服は、手首から腕に巻かれた包帯を隠してくれるけれども。
「怜、ちょっと待ってろ」
見上げてくる虚ろな目を背中に、玲一は自室を飛び出した。
向かったのは、二番目の姉の部屋。幸いにもまだ彼女は帰宅しておらず、だから躊躇うことなくそれを鷲掴む。
短い距離を駆けて戻れば、怜は先程から少しも動いていなかった。
「多分、コレなら弾けるべ」
「……ギター?」
「こっちは瑠璃の。瑠璃も押さえられなくて弦一番弱いのしてらはんで、多分弾けるべ」
「……ギター、も、弾ける、の」
「あ? 単音だばな……えっと、ギターはさっきのでもいけるばって」
弦とネックの間に挟まっていたピックを取り出し、ポジションマークが刻まれたフレットを押さえる。
五弦の三フレットの次は、何も押さえない四弦を。
二フレットと三フレット抑えて、今度は三弦の解放弦。ニフレットを押さえた次は、二弦をそのまま弾く。
最後に二弦の一フレットを押さえて、七音。
「なんか、ピアノの白と黒が一列に並んでんだって」
抱えるように持っていたベースとギターを交換する。
掌の中に落ちたピックを見、次いでネックに走る黒い双眸。
ドの音を奏でた左手は、先程よりは震えてはいなかった。ゆっくりと、細い音階が部屋に響く。
最後の、二弦一フレットを弾くのと、細い息が吐かれるのは同時だった。
細い人差し指が、もう一度五弦の三フレットを押さえて、弾く。
音と音の間が開き過ぎて分かり辛かったが、続いた旋律に、玲一は聞き覚えがあった。
「……きらきら星?」
引き終わると同時に訊ねれば、怜はこくりと頷いた。
すぅ、と小さく息が吸われるのと――荒い足音が階段を駆け上ってくるのは同時。
その主に思い至って扉を閉めようとするが、生憎と、音が自室の前まで辿り着く方が早かった。
「玲一! あたしのギター触るなつったろ!」
「うっせぇ! どうせテメェ殆ど放置してんじゃねーか! 凛程弾いてるの見たことねぇぞ!」
「忙しくて弾けないだけ! 金出したのあたしなんだからあたしのモ、ン」
普段なら決して引かない怒声が、段々と小さくなる。振り返れば先程のまま固まって、目を丸くしてこちらを見ている幼馴染。
何度か玲一と彼女を行き来する、彼のそれとよく似た色の薄い双眸に、ありありと浮かぶ誰何の色。
「……今弾いてたの、怜?」
「ん、だけど」
「……へ、ぇ」
「ちょ、お前人の部屋勝手に入んなし」
「アンタだって勝手に入っただろ馬鹿」
「馬鹿に馬鹿って言われたくねーし……おい、瑠璃子!」
そう言って幼馴染に近付く姉に制止の声を掛けるが、足は止まらない。
瞬いた目に浮かぶ怯えも、瑠璃子は気にしていないようだった。
「る、りちゃ……ごめ、な、さ……」
「……怜、弾く?」
「……え?」
「だから。ギター、弾いてみる?」
にぃ、と唇を吊り上げて笑う二番目の姉に、玲一は思わず「げ」と声を漏らした。
二人の姉がそういう顔をしている時は、大概碌なことが無い。
積み重なった経験に眉根を寄せれば、振り返った彼女は盛大に顔を顰めて。
「何その顔。ただでさえ不細工なのが余計不細工に」
「テッメ、自分弾けないからって怜に弾かせる気だろ、アレ」
思い出すのは姉達が購入し――楽器と同じく持て余した楽譜。
教本など比べ物にならない位難解なそれを見せられ、玲一が顔を反らしたのはついこの間の話だ。
数段上にあったギター譜はもっと難解で、弾ける訳がないと毒吐いたのも記憶に新しい。
引き攣った顔の玲一など気にした様子もなく、瑠璃子は笑いながら。
「音源あるし、コードならあたし教えるし、ていうかどうせならコード覚える前にスコアの読み覚えればいいじゃない」
「いや待てお前、そこまで言ったら最早洗脳だぞ馬鹿」
「煩い黙れ愚弟」
「うっせーブス」
「鏡見て言え不細工」
は、と鼻で笑い、瑠璃子は怜の顔を覗きこむ。
表情をそのまま映す昏い目など、なんてことのないような笑顔で、弟に向けるそれよりは幾分か調子の和らいだ声で。
「弾くなら貸してあげるけど、それ」
彼女は一つ、提案を投げた。
「……こ、れ」
「そ。アンタがギターで玲一がベースやれば、大概のバンドの曲は弾けるわよ」
「……五人組の曲はどうすんだよ」
「どっちか選べば良いじゃない。だからアンタは馬鹿なのよ」
「馬鹿に馬鹿って言われたくねぇし」
玲一の毒など意に介さず、瑠璃子は怜に「どうする?」と訊ねた。
硝子玉のような双眸が、抱き込んだ赤いギターに落ちる。ヘッドからボディまで、六弦を伝う細い指。
再び顔を上げた時、黒い瞳には先程とは違う色が浮かんでいた。
「……瑠璃ちゃんが、いいなら」
「あたしはいいわよ。あ、課題曲とか欲しかったら言ってねー」
「……怜、止めとけ。コイツに言うと初っ端から難しいの出してくるから。教本か、それか凛に言っとけ」
「黙れ愚弟」
「うっせー馬鹿姉」
瞬きを繰り返す目が、玲一と瑠璃子を交互に見遣る。
視線が絡めば、小さく、本当に小さく、怜は首を傾げて見せた。
「……れーちみたく、弾ける、かな」
「あー……練習すれば出来る、と思う……けど」
「怜、大丈夫。コイツまだヘタクソだからすぐに追い付くって」
「うっせぇその間に俺上達するし!」
容赦のないやり取りに、少しだけ細くなる黒。
――それが笑みの形だと玲一が理解するのに、少しだけ、時間が掛かった。
記憶にあるものとは大分様変わりした、けれども目元だけは変わらない幼馴染のそれに、小さく胸が痛んだ。
あぁ、と玲一は思う。
――だから、伶はあんなにも。
目を眇めた弟に気付かないまま、瑠璃子は人差し指を立てて続ける。
「貸したげるから、頑張って練習してね。主にあたしの為に」
「おい本音漏れてんぞ馬鹿姉」
「目標があるっていいことだと思うの」
「いやそれ目標違うし……怜もなんか言ってやれって。調子のんぞこの馬鹿」
早口の応酬に置いていかれ気味だったのか、怜が反応を返したのは数拍置いてからだった。
細い指で六弦を爪弾き、ネックを引き寄せて。
細めた目と、傾いだ首。
「……頑張る、よ」
少しだけ上がった口角が、『今』の彼女の精一杯の笑みなのだと玲一理解したのは、暫く経った後だった。
なんと返して良いのか分からなくて、吸い込んだはずの空気が喉で詰まる。
必死に手繰り寄せたのは、夏以前の記憶。
――双子の片割れと区別が付かない形で笑う、幼馴染。
「期待してんよ」
上手く笑えていますようにと内心で呟いたそれは、どこか祈りにも似た音だった。
(小さな箱庭の中で生まれた音は、箱庭を出た今でも尚、俺の左で響いている)
<ちいさな箱庭のなかで>
「それ、」
代名詞だけを呟いた音は小さくて、聞こえたのは本当に偶然。
振り返れば、先程まで寝ていた幼馴染が体を起こすところだった。肩を統べる薄い毛布には頓着せず、玲一を見遣る。
「悪ぃ、起こした?」
問えば、首が横に振られた。
焦点の合わない目で辺りを見回した、それだけで、彼女が何を探しているのかが分かる。
分かる程度には長くなった付き合いに、玲一は小さく苦笑した。
「伶なら家。さっき行ったばかりだから、も少ししたら帰ってくるべ」
何度か瞬きを繰り返し、幼馴染の視線は彼の手元に落ちる。
追ったその先には、先程まで弄っていた四弦の楽器。
「これ? ベース。見たことない?」
「……べー、す」
「そ。凛が弾くならくれるつーから、練習中」
「……凛ちゃん、楽器」
「やる……つーか、やってた? かな。ビジュアル系好きだべ、アイツ」
帰ってくるのは言葉ではなく、微かな首の動き。
それを目で追って、玲一は四弦を爪弾く。響く、E。
ドレミではなくCDEで表される音階にも、ようやく慣れてきた所だった。
「なんか好きなバンドの人? に憧れてベース買ったはいいけど、来年就職だっきゃアレ。だはんで、貰った」
「……れーち、弾けるの」
「……まだ練習中」
上手く弾けないことを誤魔化すように頭を叩けば、壊れかけた人形の様に揺れる首。
ぱちぱちと瞬いた目が、一番上の弦に落ちる。先程玲一がしたように、細い指が弾いた四弦。
撓んだ音に聞き覚えがあり、玲一は苦く笑った。
「怜、弾いてみる?」
「ぇ……」
「ピアニカ弾けるべ? ここがドな」
四弦三フレットを押さえ、弦を弾く。次いで、五フレット。
三弦に移りニフレット、三フレット、五フレット。
四弦のニフレット、四フレット、五フレット。
一度も躓くことなく奏でられたことに、玲一は内心溜息を吐く。それに被さる、小さな拍手の音。
大したことではないという反感と、むず痒いような感覚。
その両方が顔に出ないように、唇の端を吊り上げる。
「つー訳で弾いてみろって。ここば指で弾くんだって」
大きなボディと長いネックは、幼馴染が持つと余計に存在感を増して見えた。
細い指がフレットを押さえ、弦を弾く。
――響くのは、やはり撓んだ音。
きちんと押さえられていないのだと、耳に胼胝が出来る程に一番上の姉が繰り返した言葉。
指立てれば、と言おうとして、その左手が震えているのに気付く。
冬服になった紺色の制服は、手首から腕に巻かれた包帯を隠してくれるけれども。
「怜、ちょっと待ってろ」
見上げてくる虚ろな目を背中に、玲一は自室を飛び出した。
向かったのは、二番目の姉の部屋。幸いにもまだ彼女は帰宅しておらず、だから躊躇うことなくそれを鷲掴む。
短い距離を駆けて戻れば、怜は先程から少しも動いていなかった。
「多分、コレなら弾けるべ」
「……ギター?」
「こっちは瑠璃の。瑠璃も押さえられなくて弦一番弱いのしてらはんで、多分弾けるべ」
「……ギター、も、弾ける、の」
「あ? 単音だばな……えっと、ギターはさっきのでもいけるばって」
弦とネックの間に挟まっていたピックを取り出し、ポジションマークが刻まれたフレットを押さえる。
五弦の三フレットの次は、何も押さえない四弦を。
二フレットと三フレット抑えて、今度は三弦の解放弦。ニフレットを押さえた次は、二弦をそのまま弾く。
最後に二弦の一フレットを押さえて、七音。
「なんか、ピアノの白と黒が一列に並んでんだって」
抱えるように持っていたベースとギターを交換する。
掌の中に落ちたピックを見、次いでネックに走る黒い双眸。
ドの音を奏でた左手は、先程よりは震えてはいなかった。ゆっくりと、細い音階が部屋に響く。
最後の、二弦一フレットを弾くのと、細い息が吐かれるのは同時だった。
細い人差し指が、もう一度五弦の三フレットを押さえて、弾く。
音と音の間が開き過ぎて分かり辛かったが、続いた旋律に、玲一は聞き覚えがあった。
「……きらきら星?」
引き終わると同時に訊ねれば、怜はこくりと頷いた。
すぅ、と小さく息が吸われるのと――荒い足音が階段を駆け上ってくるのは同時。
その主に思い至って扉を閉めようとするが、生憎と、音が自室の前まで辿り着く方が早かった。
「玲一! あたしのギター触るなつったろ!」
「うっせぇ! どうせテメェ殆ど放置してんじゃねーか! 凛程弾いてるの見たことねぇぞ!」
「忙しくて弾けないだけ! 金出したのあたしなんだからあたしのモ、ン」
普段なら決して引かない怒声が、段々と小さくなる。振り返れば先程のまま固まって、目を丸くしてこちらを見ている幼馴染。
何度か玲一と彼女を行き来する、彼のそれとよく似た色の薄い双眸に、ありありと浮かぶ誰何の色。
「……今弾いてたの、怜?」
「ん、だけど」
「……へ、ぇ」
「ちょ、お前人の部屋勝手に入んなし」
「アンタだって勝手に入っただろ馬鹿」
「馬鹿に馬鹿って言われたくねーし……おい、瑠璃子!」
そう言って幼馴染に近付く姉に制止の声を掛けるが、足は止まらない。
瞬いた目に浮かぶ怯えも、瑠璃子は気にしていないようだった。
「る、りちゃ……ごめ、な、さ……」
「……怜、弾く?」
「……え?」
「だから。ギター、弾いてみる?」
にぃ、と唇を吊り上げて笑う二番目の姉に、玲一は思わず「げ」と声を漏らした。
二人の姉がそういう顔をしている時は、大概碌なことが無い。
積み重なった経験に眉根を寄せれば、振り返った彼女は盛大に顔を顰めて。
「何その顔。ただでさえ不細工なのが余計不細工に」
「テッメ、自分弾けないからって怜に弾かせる気だろ、アレ」
思い出すのは姉達が購入し――楽器と同じく持て余した楽譜。
教本など比べ物にならない位難解なそれを見せられ、玲一が顔を反らしたのはついこの間の話だ。
数段上にあったギター譜はもっと難解で、弾ける訳がないと毒吐いたのも記憶に新しい。
引き攣った顔の玲一など気にした様子もなく、瑠璃子は笑いながら。
「音源あるし、コードならあたし教えるし、ていうかどうせならコード覚える前にスコアの読み覚えればいいじゃない」
「いや待てお前、そこまで言ったら最早洗脳だぞ馬鹿」
「煩い黙れ愚弟」
「うっせーブス」
「鏡見て言え不細工」
は、と鼻で笑い、瑠璃子は怜の顔を覗きこむ。
表情をそのまま映す昏い目など、なんてことのないような笑顔で、弟に向けるそれよりは幾分か調子の和らいだ声で。
「弾くなら貸してあげるけど、それ」
彼女は一つ、提案を投げた。
「……こ、れ」
「そ。アンタがギターで玲一がベースやれば、大概のバンドの曲は弾けるわよ」
「……五人組の曲はどうすんだよ」
「どっちか選べば良いじゃない。だからアンタは馬鹿なのよ」
「馬鹿に馬鹿って言われたくねぇし」
玲一の毒など意に介さず、瑠璃子は怜に「どうする?」と訊ねた。
硝子玉のような双眸が、抱き込んだ赤いギターに落ちる。ヘッドからボディまで、六弦を伝う細い指。
再び顔を上げた時、黒い瞳には先程とは違う色が浮かんでいた。
「……瑠璃ちゃんが、いいなら」
「あたしはいいわよ。あ、課題曲とか欲しかったら言ってねー」
「……怜、止めとけ。コイツに言うと初っ端から難しいの出してくるから。教本か、それか凛に言っとけ」
「黙れ愚弟」
「うっせー馬鹿姉」
瞬きを繰り返す目が、玲一と瑠璃子を交互に見遣る。
視線が絡めば、小さく、本当に小さく、怜は首を傾げて見せた。
「……れーちみたく、弾ける、かな」
「あー……練習すれば出来る、と思う……けど」
「怜、大丈夫。コイツまだヘタクソだからすぐに追い付くって」
「うっせぇその間に俺上達するし!」
容赦のないやり取りに、少しだけ細くなる黒。
――それが笑みの形だと玲一が理解するのに、少しだけ、時間が掛かった。
記憶にあるものとは大分様変わりした、けれども目元だけは変わらない幼馴染のそれに、小さく胸が痛んだ。
あぁ、と玲一は思う。
――だから、伶はあんなにも。
目を眇めた弟に気付かないまま、瑠璃子は人差し指を立てて続ける。
「貸したげるから、頑張って練習してね。主にあたしの為に」
「おい本音漏れてんぞ馬鹿姉」
「目標があるっていいことだと思うの」
「いやそれ目標違うし……怜もなんか言ってやれって。調子のんぞこの馬鹿」
早口の応酬に置いていかれ気味だったのか、怜が反応を返したのは数拍置いてからだった。
細い指で六弦を爪弾き、ネックを引き寄せて。
細めた目と、傾いだ首。
「……頑張る、よ」
少しだけ上がった口角が、『今』の彼女の精一杯の笑みなのだと玲一理解したのは、暫く経った後だった。
なんと返して良いのか分からなくて、吸い込んだはずの空気が喉で詰まる。
必死に手繰り寄せたのは、夏以前の記憶。
――双子の片割れと区別が付かない形で笑う、幼馴染。
「期待してんよ」
上手く笑えていますようにと内心で呟いたそれは、どこか祈りにも似た音だった。
(小さな箱庭の中で生まれた音は、箱庭を出た今でも尚、俺の左で響いている)
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