メモ帳
創作バンド中心に、作品未満のネタ置き場。落書きだったり文だったり。
21g小話:天秤はいつまでも俺が重いまま
http://shindanmaker.com/122300で出たお題。
上手は下手とは別枠で四弦を信頼してそう。
上手は下手とは別枠で四弦を信頼してそう。
吐いた溜息は、動かない指か、思いつかない頭か。
気を抜けば一気に指先が痛み出して、もう一度溜息。
「あー」
見上げた白い天井に、意味もなく声が出る。
選曲会で選んだ、双生としーさんの曲。どっちも、聴いた瞬間にこれだと思った。
なのに。
「……くっそ……」
生憎と、それを形にする技量が足りない。
左手を握って開いて、それでもまだ残る違和感。時計を見れば、短針はかなり動いていた。
「……あー、もー……」
一番足を引っ張っているのは、間違いなく俺だ。
同じ時期に始めた双生は、今やしーさんと肩を並べる程に上達した。
そういうしーさんには俺にはない五年分があって、追いつける気がしない。
……何より、しーさんは『俺以外』を、最低二人は知っている。
そこまで考えて、これ以上は悪い方向に行く自身があったので意図的に溜息を吐いた。
思い出したように喉が渇いて、ベースをスタンドに立てる。
何時中身が空になったのか分からないマグを片手に部屋を出れば、ふいと鼻を掠めたのは煙の匂い。
「あー、何、いたの」
「ん、休憩中」
大本は、カウンターで仕切られた台所の向こう。流し台に寄りかかって煙草を吸っていた同居人が小さく笑う。
居間を抜けて、台所に入る。保温になっていると思ったコーヒーメーカーは、最中黒い液体を落としているところだった。
「今?」
「うん。で、一服中」
「あー……澪あれだっけ、ボイトレ」
答えを期待したんじゃなく、確認で呟いた言葉だったけど、それでも幼馴染は律儀に頷いた。
昇る煙が、換気扇近くで拡散して消えていく。
澪の前じゃ絶対に吸わないようになって、もう大分経つ。こういうところは相変わらず真面目だ。
「……双生、煙草」
「……珍しいね」
「んー……いや、こう、澪いねぇならいいかな、って」
途切れ途切れになった言葉に、骨張った指が笑いながら箱を差し出す。
一本を取り出して咥えて、そこでライターが無いことに気付く程度には吸いなれてなくて。
火、というよりも先に、横合いから差し出されたのは蓋の開いたジッポ。
意味を理解して屈み込めば、慣れた手つきでホイールが擦られる。
ゆっくり吸い込めば、先端に灯る橙色。久し振りに肺に入れた煙は、随分と苦い気がした。
「……どうよオネーサン、作詞とリフ」
「まぁ、相変わらず?」
視線を向けなくても、幼馴染が苦笑しているのが分かる。
そんな簡単に行けば苦労は無い。それは、お互い分かっている。
煙草を咥えたまま、もう一度左手を握って開く。
足りないのは、技術か、才能か。
『アンタはベーシストじゃないわよね』
いつか聞いた、姉の言葉が今更突き刺さる。
……そう名乗るには、まだ。
「全体は見えたけど、もうちょっと煮詰める必要あるかな……あとでちょっと聞いて欲しいんだけど」
自信が無さそうな声に、ちくりと胸が痛む。
抱えた感情を見透かされた、そんな気がした。
「……それは、しーさんのが適任じゃねぇの」
上手く笑えているのか、自信は無い。
昔から、しーさんが加入してからも、コイツは偶にこんなことを言う。
気持ちは分からなくもない、けど。それでもやっぱり、俺よりはしーさんの方が良いんじゃないかと思う。
同じ時期に初めて、それでも追いつけない俺よりも。
「んー、ギターじゃなくて全体が気になってて、さ……バランス見るの、上手いから、アンタ」
吸い込んだ煙が、一層苦くなった、気がした。
信頼、信用。多分、そんなもの。
相も変わらず、大したことないみたいに、重いものを投げてくる――馬鹿。
それこそ、色んな音を聞いてきたしーさんの方が上手いのに。
……本当は、自分が一番上手いのに。
「どっち、お前曲? しーさんの?」
「……私のです」
「……まぁいいけど」
台所の隅にひっそりと置いてある灰皿に、骨張った指が灰を落とした。
俺もそれに倣えば、ぐしゃりと潰れる白に近い灰色。
ごぽ、と大きな音を立てて落ちきった黒。
伸びた金の向こうから見える色に、覚えたのは仕様も無い感傷。
瞼に浮かんだ昔を、苦い白で濁す。
「っあー……甘いもの食いたい」
「ちょっと」
「生クリームー。プリンでも可。でも餡子も捨てがたい」
「アイスならあるけど」
「誰の」
「愚弟」
「おっま……それ血見るの確実じゃねぇか」
「食べても補完しとけば問題ない」
「そればれてこないだ喧嘩したろお前等二人!」
言えば、転がる笑い声。
普段アレだけ甘い自分にだって本気で怒るんだから、俺には余計だって分かるだろうに。
……人のこと言えないけど。人のこと言えないけど!
「食いにいこーぜ。この際ファミレスでもいい」
「行ってくれば良いじゃん。澪ももう少ししたら帰ってくるし」
「えー、そーちゃん唯の誘い蹴る気ぃ?」
「うわキモい」
「キモいとか言うな。全国三百人くらいの俺のファンに刺されるぞお前」
「どっから出たその数字」
くすくす、笑った幼馴染は、灰皿に煙草を置いた。
それから硝子のサーバーに手を伸ばして、黒い液体を俺と自分のマグに注ぐ。
サーバーの、マグの取っ手を握る手は、少し前より骨が浮いたように思える。
……あぁ、そういえばここ数日、飯食ってるのを見た記憶が無い。澪もだけど。
「……いっつも思うんだけどさぁ」
「何?」
「お前鶏ガラの癖に胸はそこそこあるよな」
「っ――ちょ、何処触っ」
「え、乳?」
「疑問形で返すな触るな馬鹿!」
一気に距離を置く双生に、思わず喉が震えた。相変わらず慣れねぇでやんの。
肩で息をしながらこっちを睨みつけ――てる、つもりなんだろう。上目遣いじゃ全然怖くねぇけど。
「だって凛とか胸から痩せるっつってたしー」
「……だからって揉むなド変態」
「揉んでねぇだろ」
「……鷲掴むのは揉むに入ると思います」
恨みがましい口調で言って、幼馴染は煙草を口に運ぶ。
吐き出された煙は、溜息と混じって区別が付かない。
「残念ながらまだ『触る』です。揉むつーっともっと、こう」
「やんなくていいから……いきなりやられると吃驚するんですけど」
「今からやるって言う方が変態だろ」
ち、と小さく舌打ちを打つのは、返す言葉が見つからなかったから。
双生、と呼べば、険の混じった声で返事を寄越す。
「今何キロ位?」
「……四十は切って無い」
「誰もそんなこと聞いてねぇよ。俺より十キロ弱くらいか? 大体」
「……アンタは私より身長高いでしょ」
「でも澪、俺よかあるし。身長お前と変わんえぇだろ」
「……まぁ、アレの体重は『公称』だしね」
小さく浮かべる苦笑に、思わず溜息が零れた。
変なトコで鈍い幼馴染はそれを澪に対するものだと取ったのか、くすくすと肩を震わせる。
骨のラインが透けて見える、細い肩。
公称なのは、自分も同じだっつーのに。
「余計なモン付いてるくせに、俺より十キロも軽いっつーのがなんかムカツク」
「いやいや、そんなに無いから。無いから!」
「えー……いやでも体重の割にあるだろ、確か胸囲」
「無いから! つかアンタ、それ私じゃなかったらセクハラだから! あとコーヒー持ってるときにやるな!」
お前でもしーさんに見つかったらしばかれる程度にはセクハラだけどな。今の。
昔はもう少し、それこそ不健康じゃない程度には肉がついていた。
けどそれが何年前か、思い出すのには時間が掛かる程度には、昔の話。
そんなことを考えていたら、横面に視線が突き刺さる。
「……あ?」
「アンタはむしろ、あれだけ食って太らないのが不思議だわ」
「ほら、俺燃費悪いから。高級車と一緒で」
「どう考えても国産だろ」
鋭いツッコミに笑えば、少し離れた所で吐かれる溜息。
もう一度煙を吸い込んで、天井に向けて吐き出す。白くて苦い、毒のカタマリ。
毒の色は本当は、黒や紫よりも、白なのかもしれない。塗料だってそうだし。
「なー、行こうぜー。こないだメニュー変わったんだよ駅前のファミレス」
「えー」
「二人で行ったら二種類だけど、三人だったら三種類食えるぜー」
ぴくり。細い肩が動く。
俯き加減なのと長い前髪が相俟って、表情は見えない、けど。
「パフェも新しいの出たしー、ブラウニーのデコレーションだって変わったしー」
即座に反論が返ってこないのが、揺らいでいる何よりの証拠。
ホント、昔から甘いものには弱いよな……人のこと言えねぇけど。
「澪も腹減ってくるから四種類とか食えるかもだしー」
「……それは、流石にアレが太るから遠慮願いたい、けど」
小さな声は、でも、駄目とは言わない。
折れた幼馴染に、思わず笑いがこみ上げる。まだ、甘いものなら手が伸びるなら――マシな時期。
「じゃあ澪駅で拾って行くべ。一つ前の駅着いたらメールして貰って」
こくり、と縦に動く黒い頭。不服と期待を等分に混ぜた顔。
そんなものに、呆れじゃない溜息が零れる。
「……唯」
「んー?」
「でも、余すかも」
「したら食ってやるから安心しろって。でも金は払えよ」
「……あくどい」
「言ってろ」
くすくす、震える細い肩。短くなった煙草を灰皿に押し付けて、マグを煽る。
さっきよりもマシになった気分に、もう一度溜息。
「なんだっけ、リフ?」
「宜しくお願いします」
「おー、任せろ」
そう言えば、どこか安心したみたいな顔を浮かべる幼馴染。出かけた溜息を、今度は飲み込む。
鼻先に人参もぶらさがったことだし――もう少しだけ、頑張ろうかね。
<天秤はいつまでも俺が重いまま>
(お前の方が重くなる日なんて、想像もつかない、けど)
(仕方が無いから現状維持で許してやるよ)
気を抜けば一気に指先が痛み出して、もう一度溜息。
「あー」
見上げた白い天井に、意味もなく声が出る。
選曲会で選んだ、双生としーさんの曲。どっちも、聴いた瞬間にこれだと思った。
なのに。
「……くっそ……」
生憎と、それを形にする技量が足りない。
左手を握って開いて、それでもまだ残る違和感。時計を見れば、短針はかなり動いていた。
「……あー、もー……」
一番足を引っ張っているのは、間違いなく俺だ。
同じ時期に始めた双生は、今やしーさんと肩を並べる程に上達した。
そういうしーさんには俺にはない五年分があって、追いつける気がしない。
……何より、しーさんは『俺以外』を、最低二人は知っている。
そこまで考えて、これ以上は悪い方向に行く自身があったので意図的に溜息を吐いた。
思い出したように喉が渇いて、ベースをスタンドに立てる。
何時中身が空になったのか分からないマグを片手に部屋を出れば、ふいと鼻を掠めたのは煙の匂い。
「あー、何、いたの」
「ん、休憩中」
大本は、カウンターで仕切られた台所の向こう。流し台に寄りかかって煙草を吸っていた同居人が小さく笑う。
居間を抜けて、台所に入る。保温になっていると思ったコーヒーメーカーは、最中黒い液体を落としているところだった。
「今?」
「うん。で、一服中」
「あー……澪あれだっけ、ボイトレ」
答えを期待したんじゃなく、確認で呟いた言葉だったけど、それでも幼馴染は律儀に頷いた。
昇る煙が、換気扇近くで拡散して消えていく。
澪の前じゃ絶対に吸わないようになって、もう大分経つ。こういうところは相変わらず真面目だ。
「……双生、煙草」
「……珍しいね」
「んー……いや、こう、澪いねぇならいいかな、って」
途切れ途切れになった言葉に、骨張った指が笑いながら箱を差し出す。
一本を取り出して咥えて、そこでライターが無いことに気付く程度には吸いなれてなくて。
火、というよりも先に、横合いから差し出されたのは蓋の開いたジッポ。
意味を理解して屈み込めば、慣れた手つきでホイールが擦られる。
ゆっくり吸い込めば、先端に灯る橙色。久し振りに肺に入れた煙は、随分と苦い気がした。
「……どうよオネーサン、作詞とリフ」
「まぁ、相変わらず?」
視線を向けなくても、幼馴染が苦笑しているのが分かる。
そんな簡単に行けば苦労は無い。それは、お互い分かっている。
煙草を咥えたまま、もう一度左手を握って開く。
足りないのは、技術か、才能か。
『アンタはベーシストじゃないわよね』
いつか聞いた、姉の言葉が今更突き刺さる。
……そう名乗るには、まだ。
「全体は見えたけど、もうちょっと煮詰める必要あるかな……あとでちょっと聞いて欲しいんだけど」
自信が無さそうな声に、ちくりと胸が痛む。
抱えた感情を見透かされた、そんな気がした。
「……それは、しーさんのが適任じゃねぇの」
上手く笑えているのか、自信は無い。
昔から、しーさんが加入してからも、コイツは偶にこんなことを言う。
気持ちは分からなくもない、けど。それでもやっぱり、俺よりはしーさんの方が良いんじゃないかと思う。
同じ時期に初めて、それでも追いつけない俺よりも。
「んー、ギターじゃなくて全体が気になってて、さ……バランス見るの、上手いから、アンタ」
吸い込んだ煙が、一層苦くなった、気がした。
信頼、信用。多分、そんなもの。
相も変わらず、大したことないみたいに、重いものを投げてくる――馬鹿。
それこそ、色んな音を聞いてきたしーさんの方が上手いのに。
……本当は、自分が一番上手いのに。
「どっち、お前曲? しーさんの?」
「……私のです」
「……まぁいいけど」
台所の隅にひっそりと置いてある灰皿に、骨張った指が灰を落とした。
俺もそれに倣えば、ぐしゃりと潰れる白に近い灰色。
ごぽ、と大きな音を立てて落ちきった黒。
伸びた金の向こうから見える色に、覚えたのは仕様も無い感傷。
瞼に浮かんだ昔を、苦い白で濁す。
「っあー……甘いもの食いたい」
「ちょっと」
「生クリームー。プリンでも可。でも餡子も捨てがたい」
「アイスならあるけど」
「誰の」
「愚弟」
「おっま……それ血見るの確実じゃねぇか」
「食べても補完しとけば問題ない」
「そればれてこないだ喧嘩したろお前等二人!」
言えば、転がる笑い声。
普段アレだけ甘い自分にだって本気で怒るんだから、俺には余計だって分かるだろうに。
……人のこと言えないけど。人のこと言えないけど!
「食いにいこーぜ。この際ファミレスでもいい」
「行ってくれば良いじゃん。澪ももう少ししたら帰ってくるし」
「えー、そーちゃん唯の誘い蹴る気ぃ?」
「うわキモい」
「キモいとか言うな。全国三百人くらいの俺のファンに刺されるぞお前」
「どっから出たその数字」
くすくす、笑った幼馴染は、灰皿に煙草を置いた。
それから硝子のサーバーに手を伸ばして、黒い液体を俺と自分のマグに注ぐ。
サーバーの、マグの取っ手を握る手は、少し前より骨が浮いたように思える。
……あぁ、そういえばここ数日、飯食ってるのを見た記憶が無い。澪もだけど。
「……いっつも思うんだけどさぁ」
「何?」
「お前鶏ガラの癖に胸はそこそこあるよな」
「っ――ちょ、何処触っ」
「え、乳?」
「疑問形で返すな触るな馬鹿!」
一気に距離を置く双生に、思わず喉が震えた。相変わらず慣れねぇでやんの。
肩で息をしながらこっちを睨みつけ――てる、つもりなんだろう。上目遣いじゃ全然怖くねぇけど。
「だって凛とか胸から痩せるっつってたしー」
「……だからって揉むなド変態」
「揉んでねぇだろ」
「……鷲掴むのは揉むに入ると思います」
恨みがましい口調で言って、幼馴染は煙草を口に運ぶ。
吐き出された煙は、溜息と混じって区別が付かない。
「残念ながらまだ『触る』です。揉むつーっともっと、こう」
「やんなくていいから……いきなりやられると吃驚するんですけど」
「今からやるって言う方が変態だろ」
ち、と小さく舌打ちを打つのは、返す言葉が見つからなかったから。
双生、と呼べば、険の混じった声で返事を寄越す。
「今何キロ位?」
「……四十は切って無い」
「誰もそんなこと聞いてねぇよ。俺より十キロ弱くらいか? 大体」
「……アンタは私より身長高いでしょ」
「でも澪、俺よかあるし。身長お前と変わんえぇだろ」
「……まぁ、アレの体重は『公称』だしね」
小さく浮かべる苦笑に、思わず溜息が零れた。
変なトコで鈍い幼馴染はそれを澪に対するものだと取ったのか、くすくすと肩を震わせる。
骨のラインが透けて見える、細い肩。
公称なのは、自分も同じだっつーのに。
「余計なモン付いてるくせに、俺より十キロも軽いっつーのがなんかムカツク」
「いやいや、そんなに無いから。無いから!」
「えー……いやでも体重の割にあるだろ、確か胸囲」
「無いから! つかアンタ、それ私じゃなかったらセクハラだから! あとコーヒー持ってるときにやるな!」
お前でもしーさんに見つかったらしばかれる程度にはセクハラだけどな。今の。
昔はもう少し、それこそ不健康じゃない程度には肉がついていた。
けどそれが何年前か、思い出すのには時間が掛かる程度には、昔の話。
そんなことを考えていたら、横面に視線が突き刺さる。
「……あ?」
「アンタはむしろ、あれだけ食って太らないのが不思議だわ」
「ほら、俺燃費悪いから。高級車と一緒で」
「どう考えても国産だろ」
鋭いツッコミに笑えば、少し離れた所で吐かれる溜息。
もう一度煙を吸い込んで、天井に向けて吐き出す。白くて苦い、毒のカタマリ。
毒の色は本当は、黒や紫よりも、白なのかもしれない。塗料だってそうだし。
「なー、行こうぜー。こないだメニュー変わったんだよ駅前のファミレス」
「えー」
「二人で行ったら二種類だけど、三人だったら三種類食えるぜー」
ぴくり。細い肩が動く。
俯き加減なのと長い前髪が相俟って、表情は見えない、けど。
「パフェも新しいの出たしー、ブラウニーのデコレーションだって変わったしー」
即座に反論が返ってこないのが、揺らいでいる何よりの証拠。
ホント、昔から甘いものには弱いよな……人のこと言えねぇけど。
「澪も腹減ってくるから四種類とか食えるかもだしー」
「……それは、流石にアレが太るから遠慮願いたい、けど」
小さな声は、でも、駄目とは言わない。
折れた幼馴染に、思わず笑いがこみ上げる。まだ、甘いものなら手が伸びるなら――マシな時期。
「じゃあ澪駅で拾って行くべ。一つ前の駅着いたらメールして貰って」
こくり、と縦に動く黒い頭。不服と期待を等分に混ぜた顔。
そんなものに、呆れじゃない溜息が零れる。
「……唯」
「んー?」
「でも、余すかも」
「したら食ってやるから安心しろって。でも金は払えよ」
「……あくどい」
「言ってろ」
くすくす、震える細い肩。短くなった煙草を灰皿に押し付けて、マグを煽る。
さっきよりもマシになった気分に、もう一度溜息。
「なんだっけ、リフ?」
「宜しくお願いします」
「おー、任せろ」
そう言えば、どこか安心したみたいな顔を浮かべる幼馴染。出かけた溜息を、今度は飲み込む。
鼻先に人参もぶらさがったことだし――もう少しだけ、頑張ろうかね。
<天秤はいつまでも俺が重いまま>
(お前の方が重くなる日なんて、想像もつかない、けど)
(仕方が無いから現状維持で許してやるよ)
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