メモ帳
創作バンド中心に、作品未満のネタ置き場。落書きだったり文だったり。
21g小話:引き摺る傷痕
四年くらい前の歌唄いと上手の話。
姉は普段些細なことで堕ちては浮上してを繰り返してるけど
弟は不定期にどん底まで堕ちる気がする。

悪い夢を見たんだと、弟は言った。
起きてくるなり抱きついた、その腕が震えていて、冗談でもなんでもなく夢見が悪かったんだと知れた。
学校に行くのだと言っても手は離れず、仕方がないから次のコマはみっちゃんに休むとメールを入れた。
『無理しないで』と返ってきたのは、果たして私か愚弟にか。
「愚弟」
呼んでも、返事はない。普段は煩いくらいに呼びかけてくるというのに。
左手で煙草を取り出して、火を付ける。利き手じゃない方でライターを擦るのは中々に難しかった。
立ち上る紫煙は、普段は弟の前では燻らせない物。
けれども今は、これくらいは許されるだろう。
「……澪」
かたかた、奥歯が鳴っている。
寝癖の付いた金色が、視界の端で揺れている。
「どんな夢だったの」
「……ねぇ、ちゃん、が」
ねぇちゃんがいなくなるゆめ。
そう言った声は、もう泣き始めていた。
突き放す訳にも行かなくなって、苦い煙を肺一杯に吸い込んだ。
「……また、いなくなるのかって、思って……」
「いるじゃない」
「……ほんと、に?」
……ああ、思ったよりも重傷だ。
かたかた震えながらそういう片割れに、聞こえるように溜息を零す。
ねぇ、アンタは何時になったらそれから目を反らせるの。
……私は、少なくともアンタよりは、目を反らせるようになったのに。
「心臓、鳴ってるでしょ。それとも何、私はアンタの夢の中でも煙草吸ってるの」
「……だって、怜ちゃん、いっつも煙草吸ってる」
「アンタの前では吸ってないと思うけどね――伶」
堪えきれなくなったのか、嗚咽が肩口から聞こえ始めた。
しゃくりあげて聞き取り辛い声が、何度も何度も私を呼ぶ。
「ねぇちゃん」と「怜ちゃん」が混じっているのは、それだけ混乱しているから。
零れそうになった灰を、腕を伸ばしてローテーブルの灰皿に落とす。
たったそれだけの動作でも、しがみつく腕に力が篭る。離したら跡形も無く消えてしまうのだとでも言うように。
あぁ、本当に、馬鹿。
人間は、溶けてなんか消えれないのに。
消えれなかったのに。
「澪」
貰った名前が嫌いだって知っているから、だから代わりにそれを呼んだ。
姉弟間の呼び名だったそれは、今では弟を指す名前になった。
目が眩むような舞台の上で、高らかに歌を唄う、ボーカルの。
「私は、午後から大学行くから」
「っ……」
「だから」
指を差し入れれば、色を抜いた髪の毛は軋みながら抜けていく。
綺麗な金色は、少し前まで同じ色だった。
「昼まで、だからね」
堰が切れたように、部屋中に響く泣き声。
昔から苦手なそれを緩和するように、もう一度、肺一杯に苦い煙を吸い込んだ。
++++++++++++++++++++++
多分それは、姉が思っている以上の恐怖。
姉は普段些細なことで堕ちては浮上してを繰り返してるけど
弟は不定期にどん底まで堕ちる気がする。

悪い夢を見たんだと、弟は言った。
起きてくるなり抱きついた、その腕が震えていて、冗談でもなんでもなく夢見が悪かったんだと知れた。
学校に行くのだと言っても手は離れず、仕方がないから次のコマはみっちゃんに休むとメールを入れた。
『無理しないで』と返ってきたのは、果たして私か愚弟にか。
「愚弟」
呼んでも、返事はない。普段は煩いくらいに呼びかけてくるというのに。
左手で煙草を取り出して、火を付ける。利き手じゃない方でライターを擦るのは中々に難しかった。
立ち上る紫煙は、普段は弟の前では燻らせない物。
けれども今は、これくらいは許されるだろう。
「……澪」
かたかた、奥歯が鳴っている。
寝癖の付いた金色が、視界の端で揺れている。
「どんな夢だったの」
「……ねぇ、ちゃん、が」
ねぇちゃんがいなくなるゆめ。
そう言った声は、もう泣き始めていた。
突き放す訳にも行かなくなって、苦い煙を肺一杯に吸い込んだ。
「……また、いなくなるのかって、思って……」
「いるじゃない」
「……ほんと、に?」
……ああ、思ったよりも重傷だ。
かたかた震えながらそういう片割れに、聞こえるように溜息を零す。
ねぇ、アンタは何時になったらそれから目を反らせるの。
……私は、少なくともアンタよりは、目を反らせるようになったのに。
「心臓、鳴ってるでしょ。それとも何、私はアンタの夢の中でも煙草吸ってるの」
「……だって、怜ちゃん、いっつも煙草吸ってる」
「アンタの前では吸ってないと思うけどね――伶」
堪えきれなくなったのか、嗚咽が肩口から聞こえ始めた。
しゃくりあげて聞き取り辛い声が、何度も何度も私を呼ぶ。
「ねぇちゃん」と「怜ちゃん」が混じっているのは、それだけ混乱しているから。
零れそうになった灰を、腕を伸ばしてローテーブルの灰皿に落とす。
たったそれだけの動作でも、しがみつく腕に力が篭る。離したら跡形も無く消えてしまうのだとでも言うように。
あぁ、本当に、馬鹿。
人間は、溶けてなんか消えれないのに。
消えれなかったのに。
「澪」
貰った名前が嫌いだって知っているから、だから代わりにそれを呼んだ。
姉弟間の呼び名だったそれは、今では弟を指す名前になった。
目が眩むような舞台の上で、高らかに歌を唄う、ボーカルの。
「私は、午後から大学行くから」
「っ……」
「だから」
指を差し入れれば、色を抜いた髪の毛は軋みながら抜けていく。
綺麗な金色は、少し前まで同じ色だった。
「昼まで、だからね」
堰が切れたように、部屋中に響く泣き声。
昔から苦手なそれを緩和するように、もう一度、肺一杯に苦い煙を吸い込んだ。
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多分それは、姉が思っている以上の恐怖。
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