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21g小話:子守唄は必要ですか?

一日一つお題きめったー【http://shindanmaker.com/134159】にて出たお題。

続きに歌唱中毒と太鼓の話。
 シャワールームの扉を少しだけ開けて、部屋に湿気を足すのはツアー中の恒例行事だ。
 ヤマさんと喫煙者のしーさんが居るから、大体部屋割りはいつも一緒。
 そんな息苦しい空間の中で髪を乾かす澪君は、上機嫌に歌を口ずさむ。
 綺麗な旋律のそれは、聞いたことがないものだった。
 白とも銀とも取れる髪が、タオルの動きに合わせてあっちこっちに跳ねていく。
 タオルの合間から覗く、赤くない双眸。
「……みっちゃん?」
「ん?」
「なぁに、何か用?」
「それ、誰の歌」
「『Ave Maria』」
「そんなんだったっけ、『Ave Maria』って」
「シューベルトのじゃないよ。アルカデルト」
「……誰それ」
「あんまり有名じゃないかもね。でも俺、こっちのが好き」
 ぱたぱた、子供みたいに跳ねる足。
 伸びた髪と動作は、偶に彼の性別を見失わせる。
「最初はね、宗教歌じゃなかったんだってー。シャンソン? だったかなー」
「情報源は?」
「ねぇちゃん!」
 だと思った。そう言えば、澪君は声を上げて笑う。
 それが次第に、歌声へと変わる。柔らかい旋律を、楽しそうに紡ぐ歌声。
『俺は、歌えなくなったら死んじゃうよ』
 耳の奥で聞こえたのは、同じ顔で同じ声で紡がれる妄言。
 それを信じてしまいそうになる程、彼は楽しそうに歌う。
 そうして似た顔で、でも、と続けるのは。
「みっちゃんはあんまり、好きじゃない?」
「え」
「こういうの」
「……どう、だろう」
 そう、と傾げられる小首。
 黒い目がぱたんと伏せられて、それとも、だなんて呼気と一緒に呟いて。
「いやなこと、あった?」
 頭の中が、白く染まった。
 何も返せずに居れば、閉じた黒がぱちりと開く。光が当たって、赤茶に見える双眸。
 緩やかに細められるそれは、普段よりも姉に似ていた。
 けれども彼の姉ならば、きっと、もう少し上手い訊ね方をするだろう。
「……なんで?」
「なんとなく。みっちゃん、ちょっと機嫌の悪い顔してるから」
 付き合い長いからね。
 そう言って、白を揺らして彼は笑う。
 ……確かに、一番付き合いの浅い誰かなら誤魔化せる自信がある。
 けれども彼にそれが通じないのは、恐らくは付き合いの長さだけではない。
『すてきだね』
 そうやって笑った、何時かが頭の中に蘇る。
 酷く恐ろしくて酷く安堵した、もっともっと昏い場所の、
「……なも、最近ちょっと、寝つきが悪くて」
 息苦しいのは、部屋に満ちた湿気だけが理由ではない。
『セッションせぇへんの?』
 放った側はきっと、何を意識した訳でもなかったのだろう。
 したことがないと返した相方に、頭をかき混ぜながら言った「やってみりゃええのに」。
 柔らかい低音に、息が止まるかと思った。
「澪君」
「なぁに、みっちゃん」
「……澪君さ、前さ、悪い夢ば見たって言ったったっきゃ」
 対面の同級生が、夜中に魘されて起きる回数は少なくない。
 引きつった呼吸の合間に零す不安。
『ねぇちゃんが、また、いなくなる夢』
 顔を覆って蹲るそれを、只の夢だと、もう言えない。
「……いなくなるのは、おっかない」 
 もし、もしも。
 それでもっといいドラマーに出会ってしまったら。
 ……きっとバンドとしては、そちらの方が賢い選択。
 彼はきっと、そんなことはないと笑うのだろう。
 誰かはきっと、なら上手くなればいいと笑うのだろう。
 でも、でも。
「本当に、おっかないねぇ」
 いなくなったら――痛い。
 ひゅう、と変な音を立てた喉の理由がどちらなのか、自分では分からない。
 ただただ息苦しくて、笑うしかなかった。
 絶対に、離れていかない。
 そんな妄言を信じられるほど――もう、世間知らずでもないから。
「みっちゃん」
 すぐそこで聞こえた声に、顔を上げる。
 いつの間にか、澪君がそこにいた。
 伸びてきた手が二色になった髪の毛をかき混ぜて、笑う。
「おっかないよね」
「……ん」
「そういう時は、寝ちゃえばいいんだよ」
 頭を撫でる手は、少し、誰かに似ていた。
 誰かにするみたいに振り払えないのは、きっと、似た部分が在るから。
「何も考えないで」
 降りてきた指が、瞼を下ろすように動く。
 掌で覆われた視界の向こうから響く、笑いを孕んだ声。
「なにもみないで」
 夢の中までは怖くないよ。
 子供をあやす様な声は、彼のものとしては不釣合いな気がした。
 もう片方の手が頭を撫でる。
 泣きたくなる位に――やさしい、それ、が。
「眠れないなら、子守唄歌ったげる」
「……澪君、それ、いっつもやってらの」
「そうだね、ねぇちゃんが眠れなさそうな時は」
「そっかぁ……」
「うん、だから」
「ん」
 顔に押し付けた手の先は柔らかいまま。
 同室がその手の持ち主でよかったと、頭のどこかでぼんやり思った。
 骨の浮いた指は、きっともっと上手く諭しただろう。
 煙の匂いの染み付いた指には、反感しか浮かばなかっただろう。
 そうして、不釣合いに硬くなった指には、きっと。
「……せば、歌って欲しい、かな」
 きっと――今度こそ抑えられなかった。
 この胸の裡は、一生知られないままでいい、のに。
 縋るみたいになった掌に何も言わずに、澪君は息を吸い込んだ。
 降ってくるのはさっきよりも静かな旋律。今度は、聞いたことがあった。
「カミサマなんか、信じてないべ、澪君は」
「んー……でも、綺麗な歌は好きだよ」
 思わず零した言葉に、降ってくるのはやっぱり不釣合いな音。
 あぁ、そういえば同じ年だった。
 そんなことを思い返して、喉が震えた。
 相変わらず息苦しい世界の中で、静かに静かに、重なる歌を。
「あぁ、うん、綺麗だねぇ」
 ――そう思える程度には、まだ、マトモだったらしい。
 
<子守唄は必要ですか?>

(慰め慣れたその歌は、敬虔な祈りに似ていた)
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