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小話:盲目的宗教論

五年前の唄歌いと山本さん宅の末っ子の話
シスコンとブラコン。
「……シロちゃんは俺のこと、『澪』って呼ぶんだよねぇ」
 買い物の帰りに、隣を歩く兄の友人がふいにそう呟いた。
 名前知ってるのに、と怪訝そうな声が、上目遣いに俺を見上げる。
 確かに初めて家に来た時、彼はきちんと本名を名乗った、けど。
「澪さん、そう呼ばれる方が好きだべ」
 ぱちくり。心底驚いたように、彼は目を瞬かせる。
 薄く開いては閉じる唇は、きっと必死に言葉を探してる。
「……なんで分かったんず」
 蝉の声に紛れて届いた言葉は、少しだけ温度を無くしていた。
 ああ、やっぱりこの人満に似てる。
「んー……そーさんが呼ばないのと、和とか賢治が呼ぶと微妙に反応違うはんで?」
「……流石、みっちゃん弟」
「伊達に十五年弟やってませんよ」
「あれ、もう十五?」
「そうッスよ。したら澪さんまだ十六?」
「んだよ、俺冬生まれだもん」
 七日間だけ許された絶唱。その向こうに広がる青を見上げて、兄の友人は目を細める。
「シロちゃん」
「はい」
「シロちゃんとこは、『シロ』って誰が言い出したの?」
「誰だろ、ただ詰まっただけじゃないッスかね。満もそうだし」
「そっか」
 アスファルトに突き刺さる日差しは、隣を歩く人には似合わない。
 一瞬白い冬を考えたけど、それよりは、
「俺の、名前はね」
 ――夜の闇の方が。
「ねぇちゃんがくれたの」
 幸せな夢でも見てるみたいに、それでいて泣き出しそうに、澪さんは言った。
 力の籠もった、小さな手。ビニール袋が音を立てる。
「『零(れい)』なんかより、ずっとずっと素敵。それに、飼い主は飼い犬に名前を付けるものだし」
「……親と子も、でしょう?」
「ああ、うん。だから」
 ふふ、と零れた呼気。
 目を細めて暗く昏く、彼はまるで歌うように。
「――俺は、ねぇちゃんの、なんだ」
 たった一言に、ここまで感情が乗るんだと、思った。
 日差しは痛いくらいなのに、全身の肌が粟立つ。それには構わず、彼は同じ音で名前を呼んだ。
 楽しそうに、嬉しそうに。
「それがどんなに幸せか、シロちゃんなら分かってくれるでしょう?」
 首を傾げて、性別にしては柔らかい語調で告げられた言葉。
 どろりと耳に残るそれは、この上なく甘くて心地が良い。
「……なら、満は唯さんのだね」
「……妬ましい?」
「なんで?」
 今度は俺が、首を傾げる番だった。
「蜜は満だし、満が幸せだば、それでいい」
「ああ、そっか、ごめんね」
 俺はそう思えないから。
 そう言って彼は肩を竦める。その拍子にまた音を立てる、スーパーのビニール袋。
「……ねぇ、澪さん。澪さんにとって、そーさんって、なに?」
「……ねぇちゃん?」
 低い所で、黒が瞬いた。きょとんとした表情は、彼の『神様』によく似ている。
 それがゆっくりと細められて――紛れもない『彼』の顔、に。
「ねぇちゃんは、『ねぇちゃん』だよ?」
 不意に蝉の声が途絶えて、だからそれは、真っ直ぐ俺の鼓膜を叩いた。
 心底愛しそうに、大切そうに呼ばれる、名前にも等しい。
「……澪さん、ねぇ澪さん」
「なぁに、シロちゃん」
「二卵性双生児、って知ってますか」
 けれども男女の双子は、極稀な例を除いて二卵性双生児だと言ったのは一番上の兄。
 ならばそれは、厳密に『同じ』とは言えないのではないか。
 同じだと嬉しそうに言う彼は、それを知っているのか気になった。理由は、それだけ。
 本当に、それだけだったけど。
「――それが、何?」
 見上げてくる双眸は、何処までも暗い。
 いつかの満みたいな目で、それでも、口元にいつもの笑みを浮かべて、
「二卵性だろうがクラインフェルターだろうが、そんなの関係ないよ、シロちゃん」
 彼は、嗤う。
「俺がねぇちゃんの『片割れ』で、ねぇちゃんが『ねぇちゃん』なら――それで、十分でしょう?」
 幸せそうに、泣き出しそうに、嘲笑うように。
「ッ――」
 覗きこんだ暗さに、先程とは種類の違う鳥肌が立つ。
 いつかの満よりもっとずっと、暗い昏い深淵。
 息を呑むと同時に、心の何処かで酷く安心している俺が居た。
 ――あぁ、俺達は『まだ』。
「だからね、『ねぇちゃん』はねぇちゃんなんだよ、シロちゃん」
 笑い混じりの幼い口調に、俺の意図なんか見透かされていたんだろう。
 彼女は彼を『馬鹿』と呼ぶけど、言われるほど彼は『馬鹿』ではない。
 彼の姉よりも、俺の兄よりも、取り繕うのが上手いだけ。
「あぁ、皆練習してるねぇ」
 聞こえてきた楽器の音に、澪さんは嬉しそうな声を上げる。
 掻き消えた深淵に、零れたのは多分、安堵の溜息。
「歌、合わせるんですか」
「合わせるよー」
 ふふ、と楽しそうに笑う、その顔はやはり、彼の片割れに似ていて。
 それが元からなのか、努力の結果なのかは判別付かないけれども。
 ――少しだけ羨ましいと、頭の何処かで誰かが思った。
 
<盲目的宗教論>

++++++++++++++++++++
誰にも理解されない宗教が狂気なら
誰かに理解された狂気は宗教なんだろうか。

嗣郎から見ても澪は異質で、でもそんな澪に「まだアレよりはマシ」って思ってるんだろうなぁと。
兄も兄で澪と自分を同類だって思っているけど。
それよりももっと、澪の『信仰』は性質の悪いものだと思う。
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