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21g小話:誰が、私の価値を決めていいと言った

一日一つお題きめったー【http://shindanmaker.com/134159】にて津島兄弟に
お題『誰が、私の価値を決めていいと言った』or『生き返ったフリ 』【大食い】
が出たので。

続きに津島さん宅の三男と四男と柵の話。

「ただいま」
 そう言って帰って来た兄の髪色は、綺麗な二色になっていた。
 どうしたのそれ、と問えば、アー写撮ってきた、と笑う兄。
 見慣れた黒と、見慣れない赤。
 伸びた髪と相俟って、まるで別人の様に見えた。
「満、似合う」
「唯ちゃんもそう言ったった」
「え、何唯さんも帰ってきてんの?」
「と、ヤマさんも。澪君は相変わらずだけど」
「マジかー! 俺今日しか休みねぇんだよ、晩行っても迷惑じゃないかな」
「連絡してけば大丈夫……だと、思うばって」
 対面に座った兄が笑う。それに被さる、蝉の声。
 ばあちゃんの作ったおはぎを口に運んで、綻ぶ口元。
 一時よりも穏やかになった雰囲気に、見てる此方も嬉しくなる。
「アー写って、新曲?」
「ん。多分次の雑誌はこの髪色」
「おっけー、買うわ」
「わった照れくさいんだばって」
「なんでさー」
 身内の贔屓目を抜きにしたって、化粧をした兄は格好良い。
 目の周りを黒く塗って、薄く唇に紅を落として。
 此方を見据える目は真っ直ぐで、少しテンポのずれた所を知っているから、余計に強く見える。
 あぁ、ライブに着ているバンギャさんは知らないんだろう。
 口の端に少し餡子をつけて、「恥ずかしい」だなんて笑う、兄のこんな顔は。
 そのことにちょっと優越感を覚えるのと、ガラス戸の向こうから雑音が聞こえるのは同時だった。
 からりと引かれたそこから覗いたのは、不愉快な顔。
「……満幸?」
 間があったのは、多分、兄の髪色が理由。
 怪訝、というには険を含みすぎた声に、筋肉の付いた肩が少しだけ跳ねる。
 強張った顔も噛み締められた唇も、きっと、無粋な親戚は知らないのだろう。
「……お久しぶりです」
「どしたっきゃその髪色」
「……撮影が、あったので」
「そった派手な頭して、何も言われねぇんだが」
 誰に何を、言われるというのか。
 凝り固まった悪意にも近いそれを、奴等は口を揃えて『善意』だと言う。
 そんなものを妄信しているから、気付かないのだ。
 ――なんてことないように笑う兄の顔が、引きつっていることに。
 毒の一つでも投げてやろうと思ったけれど、それよりも兄が息を吸い込む方が早かった。
「似合うと言ってもらえました」
 にこり。
 そうとしか形容できない顔に、今度は俺が息を呑む番だった。
 それは無粋な親戚も同じなようで、豆鉄砲でも打たれたような顔をしている。
「ステージだと照明が当たるから、綺麗だと」
「まだバンドだかやってらんずな」
「……おかげさまで、秋からまたツアーです」 
「そった意味の無ェこと、何時まで続ける気だ」
「さぁ。少なくとも暫くは予定が決まってますし……その状態で投げ出す方が無責任でしょう」
「お前(な)よか上手い人だっきゃ山程居るべさ」
「おじ」
 流石に聞き流せなかったその言葉に、食いつこうとしたその時だった。
「知ってる。だばってさ」
 いつかみたいに冷え切った声。
 けど、浮かぶのはいつかみたいに凍えた表情じゃなくて、
「それだっきゃ、俺(わ)がドラム叩かねぇ理由さだっきゃなんねぇじゃ」
 ――同じバンドの人が浮かべるような、獰猛な形の笑顔。
 予想外だったのだろう、親戚は酷く滑稽な顔をしていた。
 彼が言葉を見つけるよりも先に、近付いてくる足音。
「あれー、おじさんだー? どしたのー?」
 年の割りに間延びした声は、固まった空気の中場違いに響いた。
 二番目の兄はぐるりと居間を見回して、それからにへらと笑う。
「親父に用? 今書斎だよー? それともじーちゃん?」
「あ、あぁ……」
「まぁ上がってよー。俺お茶淹れてくるしさー」
 間延びした、けど否定を許さない声に、ああともうんとも付かない声が上がる。
 もごもごして聞き取り辛い音と共に、親戚は居間を通り抜けていく。
 ぽつりと落とされた言葉は――俺だけにしか聞こえていなかったと、思いたい。
「あ、満もシロも飲むんだば淹れるばって」
「賢治のお茶美味しくない」
「言ったなシロ覚えとけ……満は? おはぎもっと食う?」
 視界の端で、赤と黒が縦に動く。
 待ってろ、と手を振って、二番目の兄はガラス戸の向こうに消えた。
 落ちたのは、沈黙。
 窓の向こうから聞こえる蝉の声は、何処か、遠い。
「……びっくりした」
「シロ?」
「満が言い返すと思わなかった」
 記憶の中にある兄は、引きつった顔でそれを聞いていた。
 それを、しょうもないオトナは『良い子』だと褒めていた。
 ……兄が笑わなくなっても、気付かずに。
「あぁ、流石に頭さきてさ」
「んー、端山のおじさんは特に頭固いけど、あれだっきゃねぇわな」
「んだべ?」
 凍った声が、段々と元に戻る。それでも、表情には険が混じったまま。
 大学を出て、それでもバンドを選んだ兄を、親戚はことあるごとに非難する。
 本家なのに、大学に行ったのに。
 そんなどうでもいい理由を武器にして、お前の為だと心を抉っていく。
 俺や賢治なら流せるそれも――満には難しいんだと。
 だから俺が馬鹿なフリで流さなければならないんだと。
 ……そう、思っていたから。
「でもやっぱ、びっくりした。前だっきゃ、言い返さなかったべ」
「あー……言ったって無駄だって思ったったはんで」
「んだばってさ……今は、違うんだ?」
「や、通じたとは思ってねぇあってさ。んだなぁ」
 視線が中空に向かう。
 細められた、その目に影が落ちる。
「それを決めるんだっきゃ、あの人で無ェはんで」
 知ってるよ、と続いたのは小さな言葉。
 頬杖を付いて、溜息を吐いて。
 浮かんだのは、『仕方が無い』とでも言いたげな笑み。
「俺より上手い人だっきゃ、なんぼでも居る」
 片田舎の推測ではなく、実際に活動している人から零れたそれは、酷く重い。
「でも――それば逃げ道さは、したくねぇなぁ」
「……そっか」
「まだ、要らないって言われねぇし。言われても止める気ねぇし」
「うん」
「そもそも、髪何色さしようが関係無ぇし」
「んだねぇ」
 喉を震わせれば、兄も息を吐いて笑う。
 ……なら、誰が、とは。
 きっと、聞いちゃいけない。
 それは俺ではなく、親戚ではなく、ましてや彼女でもなく。
 ――恐らくたった一人、兄に名前を付けた彼。
 それを、兄の口から出させてはいけない。
「俺もツートンさしようかなぁ」
「バイトどうすんず」
「なんだよねぇ」
 くすくす、兄は喉を震わせる。
 性別の割には大人しい、柔らかい笑顔。
 無粋で崩してしまうのは勿体無いから、浮かんだ言葉は空気と一緒に飲み込んだ。
 
<誰が、私の価値を決めていいと言った>

(その権利は欲しがらないよ、もう子供じゃないんだから)
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