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21g:このまま隣にいるために

http://shindanmaker.com/122300で出たお題。
言えない人と言わない人と。


 初めて会った時、みっちゃんはヴィジュアル系に興味なんてなかった。
 お兄さん達の影響で、メタルやパンクが好きで。叩くドラムも、聞いて分かる程度にはそちら寄りだった。
 ……そうしてそれは、今も端々に伺える。
 フレーズの合間に首を傾げて、その後から軽くなった音。
 一通りを叩き終えて、何度かスネアを叩いて。
「唯ちゃん、もっかい良い? ちょっと変えてみる」
 訛りを含んだ笑い声に、鈍く痛む心臓。
 みっちゃんの一番好きな音は、容赦なく連打するバスドラの音。
 けど、それが曲に活かせるかと問われれば、答えはノーだ。
 しーさんが作る曲を、みっちゃんは本当に楽しそうに叩く。
 でも、俺はそんな曲が作れない。双生もあまり得意じゃないから、しーさんが加入するまでウチにそんな曲はなかった。
「唯ちゃん?」
「え、あ、うんっ……今のトコ、で、いい?」
「ん。でももうちょっと待ってけ」
 何かを考えながら叩かれかれる音は、さっきよりも大分軽い。
 リズム隊として一緒にスタジオに入ることが多い分、目にすることも多い光景。
 ……その、度に。
 喉から零れそうになる言葉を、飲み込むのに必死になる。
 例えばあの時俺が声をかけなかったら、誘わなかったら。
 メタルとかパンクとかその辺りで、もっと好きに叩けてたんじゃないのか。
 夢だった、幼稚園の先生になってたんじゃないのか。
 そんなものが、ぐるぐる回る。
「みっちゃん、」
 ……後悔、してないの。
 それは問おうとする度喉に引っかかって、空気しか出てこない。
「ん? どしたの、唯ちゃん」
「ぇ、ぁ……や、さっきの、~♪の所なんだけどさ」
「あ、ここ?」
「そこ。俺もたつかなかった?」
「唯ちゃんつーか、俺(わ)だと思うばって……こういうの苦手」
 肩を竦めて、みっちゃんは笑う。昔と変わらない、子供見たいな笑顔。
 ……いい音を、出すドラマーだと思う。
 まっとうな誰かが頭の中で、なら口に出すべきだとがなっている。
 けど、それでも。
「うん、俺も苦手」
「ヤマさんの曲は、いっつも難しい」
「アレなー、変態だからなー」
「ヤマさんさ聞かれれば怒られるよ」
 ――その音を手放したくないという、我の方が強い。
 それは幼馴染もしーさんもそうだけど、相方のみっちゃんに関しては殊更に思う。
「みっちゃん」
 ……合わせる為に音が足んないのは、知ってるから。
「なぁに、唯ちゃん」
「……ぁ」
 俺が、その隣に立てるまで――待って、くれる?
 いっそのこと聞いてしまった方が、楽に慣れるのかもしれない。
 でも、それは選べない。
 聞いてしまったら、みっちゃんは、優しいから。
 いつかみたいに、「いいよ」ってきっと笑ってくれる。
 ……本音が、何処にあろうとも。
「……あの変態、ギャフンと言わそうよ」
 飲み込んだ言葉は苦いけど、でも吐き出す程じゃない。
 意識して唇を吊り上げる。
 いかないで、なんて言わない。そこで妥協なんてしなくない。
 ――その隣には自分で並ばないと、意味が無いから。
 胸を張って、その隣に立てるようにしないと。
 ……あぁ、あの阿呆も多分、こんな気持ちなんだろう。
 そうだねとみっちゃんが笑って、だから俺も、今度は自然に笑うことが出来た。
 悲観するのも後悔するのも、家に帰ってから。
 今は――そのリズムに、音を合わせるまでだ。


 癖のあるその低音だけでは、思い切り叩いたシンバルの向こうでも、どんな喧騒の中でも聞き取れる自信がある。
 どくどく、心臓の鼓動にも似た四弦の音。
 定めた小節を奏で終わって、がりがりとかかれる頭。
 それから数フレーズをもう一度奏でて、首を傾げる。
 その背中に、あぁ、と頬が弛む。
 唯ちゃんは向上心が強い。
 それはしーさんにも澪君にも、ヤマさんにも言えることだけど、中でも唯ちゃんが一番だと思う。
 今だってそう、
「みっちゃん、今のトコもっかい、いい?」
 振り返って、何でもないように笑って言う。
 その提案を断る理由なんてないから頷けば、少しだけ色を変えるその笑顔も。
 視線をフレットに向ける間にそれは消えて、代わりに浮かんだ真剣な表情も。
 本当に可愛らしくて、だらしなく弛む頬を必死に押さえる。
 何度も何度も、納得が行くまで音を突き詰める姿勢は昔から変わってない。むしろ、上京してから顕著になった。
 リズム隊として一緒にスタジオが入ることが多い分だけ、見ることの多いそれ。
 重ねた努力の分だけ、伸びた音。
 そんなものが、堪らなく。
「いい?」
「ん、お願い」
「了解」
 スティックでリズムを取る。クラッシュから入って、刻むリズム。
 低い場所で構えたベース。
 その細さとは裏腹に、皮膚の硬くなった右手の人差し指と中指。
 人に因ったら下手という音は、でもキメるポイントはちゃんと押さえている。
 小節にして八つ分は、でも唯ちゃんがあまり得意ではない速さ。
 現に弾き終えた唯ちゃんは、肩で大きく息を吐いた。
「あー……誰だよこんなの考えた奴」
「ヤマさんだねぇ」
「もう変態だ変態。変態確定」
 言いながらも、細い指はフレーズを奏でている。突っかかった所を、重点的に。
 苦く笑いながら壁に掛かった時計を見れば、そろそろ片付けをしなければいけない時間だった。
 視線に気付いたらしく、唯ちゃんもベースアンプに近寄る。
「ちなみにみっちゃん、明日のご予定は」
「衣装打ち合わせ終わった後はなんも。大体唯ちゃんと一緒じゃね?」
「なら、明日もこの時間にスタジオ入らない?」
 ぱちん、とベースアンプの電源を落としながら投げられた言葉。
 ……あぁ、やっぱり。
 予想できたそれに肯定を返すけど、上がった顔は何処か申し訳無さそうだった。
「今のトコがやっぱさ、気になって……まぁ実際、ギターと合わせたら色々変わるんだけど」
 その向上心の強さは、素直に凄いと思うけど。
 同時に心の何処かで、上手くならなくていいんだと――そう、思ってしまう。
 当然それは、バンドとしては思ってはいけないこと。
 ……でも。
『津島さ、もしかしてドラムやんの?』
 今よりもっと低い場所から見上げてきた視線。
『……バンドとか、やってる?』
 期待に輝いた目は真っ直ぐすぎて、当時の自分は目が眩んだ。
『やってない、なら、さ……一回、俺等と合わせてみない?』
 そう言って手を引いたのは、駆け出しのベーシストだった。
 初めてドラムと合わせたと、ヤマさんと笑った顔はまだ鮮明に思い出せる。
 ……そうしてその瞬間に浮かんだ感情は、これから先も褪せることは無いだろう。
 ――初めて手に入れた、自分だけのモノ。
 上手くなんて、ならなくて良い。
 他の誰とも合わせられない位に、他の何処にも行けない位に、癖が付いてしまえば良い。
「……唯ちゃん」
 誰かの背中なんて追いかけなくて良い。今のままで良い。
「ん、なにみっちゃん」
 だって、俺のベーシストは、
「……ご飯、どうしようか」
「みっちゃんウチ来ねぇ?」
「ふは、それだと作るの唯ちゃんじゃないじゃん」
「いいじゃんー。そろそろアレも根詰め過ぎる頃だし」
 手際良くベースを片付けて、脱いでいたライダースを羽織る唯ちゃん。
 スネアケースを片手に扉を引けば、スタジオ内とはいえ冷たい空気が頬を撫でた。
 寒ィ、と後ろから聞こえる声に同意を返す。
「つーかさぁ、なんでこっちこんな寒いんだろねぇ」
「ね。寒いっきゃの」
「雪降らないからかなぁ」
「あー。雪降れば寒さマシさなるはんでなぁ」
 他愛も無い会話を重ねて、浮かんだそれを腹の底に沈める。
 ちらちらとちらつくのは、間違いなく嫉妬だ。
 それは自信と技術を持った年上の誰かに対してで、それもやっぱり、表には出せないもので。
「唯ちゃん」
「んー?」
 上手くなんて、ならなくていいよ。他の誰かに、合わせることなんてしないで良いよ。
「……そろそろチョコまんも美味しい季節だよね」
 喉から出かけた呪いを飲み込んで、代わりに出したのは相方が好みそうな話題。
 予想通り背中から聞こえた声は弾んで、それに頬が弛む。
 いっそ憎たらしいくらいに普通で、いっそ恐ろしいくらいに優しい、相方を――壊さないように。
 何度も自分に言い聞かせて、言葉を飲み込む。 
「帰りに買ってこうか、唯ちゃん」
 そうして放った言葉は、上手く笑って言えた自信があった。

<このまま隣にいるために>

(口になんて出せないけど、)
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