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21g小話:(このままじゃ嫌われてしまうのに)

http://shindanmaker.com/122300で出た御題。
姉弟喧嘩一歩手前。
沸点は姉の方が低い。弟は姉に関してはフィルターが掛かってる。
でも双子は何だかんだ言って、甘い物関連でしか本気で喧嘩しないような気が。
 乾いたシンク。
 逆さになった食器は、朝のまま増えても減ってもいない。
 半分くらい中身の残ったコーヒーメーカーのスイッチは、まだついたまま。
 思わず吐いた溜息は、付けっぱなしの換気扇に吸い込まれて消えた。
 ……あぁ、また。
 荷物をソファーに投げて、今来た道を辿る。
 玄関に一番近い扉。ノックしても返事は無いから、勝手に開ける。
 噎せるくらいに立ち込めた煙。フローリングに直で置かれた灰皿には、今にも崩れそうな吸殻の山。
 ヘッドフォンをしてギターと紙に向かっていたねぇちゃんが、気付いたのか顔をあげた。
「おかえり」
「ただ、いま」
「あれ、唯は?」
「まだスタジオ。終電で来るって」
「そっか」
 お疲れ様と目を細める、その顔は白い。
 咥えていた煙草の灰を落として、短くなったそれを灰皿に押し付けて。
 そうして一口、コーヒーを煽る。
 ……あぁ、駄目だ。言わなくちゃ。
 けど、舌が喉の奥で縮こまっている。早く言わなきゃ、ねぇちゃんは次の煙草に火をつける。
「撮影、どうだった」
 澪? と怪訝そうな声。
 気が付けば、すぐそこにねぇちゃん。そして俺の手の中には白と黒の――見慣れすぎたパッケージ。
 少しだけ驚いた顔が、低い場所から俺を見上げてる。
「……ねぇ、ちゃん」
「何? あと煙草返して」
「ご、は……ん」
「……食べてこなかった? 冷蔵庫に大した物無いよ」
「違う……ねぇちゃん、ご飯、食べた?」
「……食べたけど?」
 それは、嘘だ。
 少し前は、そうだと分かっても何も言えなかった。だって、その原因は、俺、だから。
 ずっとずっと何もいえなくて、でも、それは違うって言う人が居る。
「じゃあ、何、食べたの」
 ぱちくり、瞬いて、それから平坦になるねぇちゃんの両の目。
 それは不機嫌になった時のねぇちゃんの癖で、いつもなら謝る所、だけど。
 独特のイントネーションで、本気で怒る人が居るから。
 だから言ってもいいんだと、自分に言い聞かせて続きを紡ぐ。
「食べたなら、言えるよね……これだって、今日、何箱目?」
「……何、機嫌悪いのお前」
「また、食べないで、コーヒーばっか飲んでたんでしょ……」
 朝から俺は撮影で、唯はみっちゃんとスタジオに入っていて――家にはねぇちゃん一人で。
 ギター撮りが近かったから不安だったけど、やっぱりご飯を食べてない。
 目の下に出来た隈が、夜だってマトモに寝てないんだって叫んでる。
「ねぇ……ちゃん」
「何」
 段々温度が無くなる視線。段々険の混じる声。
 このままじゃ、嫌われるって分ってる。
 ……でも。
「ごはん、食べて。じゃなきゃ、今日はもう煙草止めて」
「……食ったっつってんだろ。煙草返せ」
「嫌」
「おい愚弟」
「嫌、だ……ねぇちゃん、またぶっ倒れるよ? 倒れたらしーさん怒るよ?」
 あんな心臓の止まりそうな思いは、もう嫌なんだよ、ねぇちゃん。
「……澪」
 冷えた声で名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
 分ってる。
 ねぇちゃんは自分の嗜好に口出されるのは嫌いだし、しーさんの名前出すのは卑怯なんだって、ちゃんと分ってる。
 でも、言わなきゃねぇちゃんはまた倒れるまで自分を追い詰める。
 倒れても大丈夫だって白い顔で笑って、そうして今度こそ、居なくなってしまったら。
「痩せて、煙草ばっかり吸ってたら、肺に穴開くって、みっちゃん言ってたし……」
 声が震える。視界が歪みそうになる。
 けど、それは、それだけはもっともっとねぇちゃんに嫌われるから、我慢しなきゃ。
「薬、だって……ホントは、空きっ腹に入れちゃ、駄目なんでしょっ……」
 もう、ねぇちゃんの顔が見れない。
 はぁ、と吐かれた溜息に肩が跳ねる。普段のねぇちゃんの言葉はまだ手加減されてる方だ。
 本当に嫌いになったら、容赦なく痛い言葉ばっかり降って来る。
 握った箱が、小さく悲鳴を上げた。けど、手が震えて加減が上手く出来ない。
「お、お、れっ……やだ、よ、一人足んないで、ライブ、やんの……」
 ……本当は。
 本当は、出来るなら、こんな毒の塊なんか投げ捨ててしまいたい。
 そこまで無理するならやらないで、言いたい。
 ……けど、原因の俺がそこまでは出来ない。
 でも、それでも、ねぇちゃん。
 俺は例え嫌われても――まだ、夢の続きを見るのは嫌なんだ。
「……ねぇ、ちゃん」
 はぁ、とさっきよりも深い溜息。
 ギターをスタンドに立てて、ヘッドフォンを床に置いて。
 立ち上がったねぇちゃんに、一発くらい殴られるのだって覚悟したけど。
「愚弟」
「っ」
「こっち見ろ愚弟」
「ぅ……な、に」
「気分転換ついでにコンビニ行けど」
 心底呆れたような顔で、淡々と言うねぇちゃん。
 何でソレを俺に言うのか分からないでいたら、ぺし、と額を叩かれた。
 大して力なんて篭ってないそれに、ますます訳が分からなくなる。
「奢れ」
「え、あ……な、にを?」
「レンジでチンするうどん。あるじゃん、コンビニの」
「……ご飯、食べるの?」
「……食べろっつったのお前だろうが愚弟。冷蔵庫空っぽなんだよ」
 はぁ、と深い溜息は、けど、さっきほど怖くは無い。
 伸びた前髪をかきあげて、「煙草」と反対側の手を差し出すねぇちゃん。
 反射的に渡してしまって、あ、と思ったけど。
 ――それはいつもみたく尻ポケットに入ることはなく、ベッドサイドのカラーボックスの上に置かれる。
 状況が掴めなくて何度か瞬きを繰り返せば、平坦になった目が俺を見る。
 同じ高さの、しーさん曰くよく似た目。
「アンタと歩くんだったら吸えないでしょ。歩き煙草規制されてるし」
「……それはマナーだと思うよ、ねぇちゃん」
「喫煙者が一方的に悪者にされる、今の風潮は絶対おかしいと思う」
「えー……ウチのバンドだって、喫煙者のがマイナーじゃん」
「たった一人の差で、しかも唯は吸おうと思ったら吸えるからどっこいでしょ」
「……えー」
 煩い黙れと言って、上着を羽織る。
 振り返る視線は剣呑で、でも声は大分いつもの調子。
「ねぇちゃん」
「何」
「……怒って、ない?」
「上機嫌なように見える?」
「……見えません」
「まぁ割と機嫌は悪いんだけど。だから」
 深い溜息の後に、少し目元が和らぐ。
「甘いものも要求する」
「……そういえば新作食べた?」
「まだ」
「じゃあ、一個ずつ買って半分こしよ?」
「お前のは半分な。一口しか譲らん」
「え、ちょ、何それせめてねぇちゃんのも三分の一くらい頂戴!」
「騒ぐな馬鹿。ご近所迷惑」
 ほらいくよ、と差し出される手。
 掴んでもいいのか躊躇えば、何度目になるのか分からない溜息と一緒に白い手が伸びてきた。
 掌に重なった、指先の硬い、冷えたそれ。
「明日の朝ご飯も買わなきゃ」
「あー、ホント空っぽなんだ」
「この時間だとコンビニしかやってないもんね」
「駅向こうにスーパーなかったっけ」
「……いいや、コンビニで。お金払うの私じゃないし」
 しれっと言われた言葉に、思わず苦笑が漏れる。
 玄関を出るときには、繋いだ手は離れてしまったけど。
「ご飯食べた?」
「一応。でもおなかすいた」
「また太るよ? つか太ったろ」
「太ってない! 太ってないから!」
 こうやって話をしてくれるということは、まだ、嫌われてないんだろう。
 それが嬉しくて笑えば、また軽く頭を叩かれた。

<(このままじゃ嫌われてしまうのに)>

(それを許容は、もうできないんです。)
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